別館 魑魅魍魎

『有頂天音吉(うちょうてんのんきち)』 まとめその3

道楽が高じて芸術の域に達するような高尚さはあいにく持ち合わせていなかったから、
音吉はその世界とはほぼ無縁の人であった。しかし、彩千代の書く物には何となく
心惹かれるものがあった。芸術家に憧れて上州高崎から東京に出て来た彼女はカフェーの
女給で生計を立てつつ、詩などを書き溜めていた。音吉は彩千代の働くカフェーの常連だった。
何がキッカケだったかなんて忘れてしまったが、ある時彼女の"作品の数々"が詰まっている手帳を読ませて貰って、単純に面白いと感じた。
これは音吉が気に入っている彩千代の詩だ。


「『呟き』和田彩千代

勇気が出るよ。この言葉。
<誰もが人生苦ばかり。でも側には友達がいるじゃないかぁー!>
ねっ。勇気が出るでしょ。
人間平等に友情を分かち合えたら、きっと悪い人はいなくなる。
鶴の恩返しみたく恩返ししたい。友達に。
人間の本性について考えると悔しくなる。
あぁぁぁぁぁ。落ち着け!地球の神秘について考えろ!
本物の友情ってのを知らないと人生楽しくない。
大脱走したい。
自分は自分で見張りましょう。
気がつけば地面にいる。」


その彩千代に金銭の事で相談を受けた。それはつまりパトロンになって欲しいという依頼だった。呉服屋のどら息子時代の音吉ならばいざ知らず、今や勘当されてヒモ暮しの身だ。
彩千代を満足させる事なぞ到底出来そうもない。
しかし、お人好しなのか或いは単に見栄っ張りなのか、"頼まれたらあっさりと嫌とは言えない"のがこの音吉さんなのである


彩千代の勤めるカフェーの定休日、二人は神田のミルクホールで落ち合った。
「彩は、ひねもす芸術の海に浸るような生活がしたいんさー」
「彩千代さんの夢を叶えてやりたいのはヤマヤマだけど、今ののんにはちと重過ぎる相談だにょん」
「もう何もかもが嫌になる時があるんさー。イライラして胃がキュウッて痛くなるんさー。今だってそうなんさー。彩はツライのだ!ツライのだよ!あああああああああー!」
と彩千代は白眼を剥き手足をバタバタさせ妙な動きをし始めた。彼女は澄ましていれば相当な美人だ。その別嬪が急に取り乱したものだから店内の注目が一斉に二人に集まった。


「や、やめるにょん、やめるにょん。彩千代さん、あんた疲れてるんだにょん。こういう時は
一遍都会を離れて気分転換するのがお勧めだにょん」
「田舎に帰るつもりはないんさー」
「違うにょん。汽車に乗って海でも見に行こうという事だにょん」
「そいつは、"め・い・あ・ん"…だーっ!」
彩千代は右の拳を突き出して、彼女なりに威勢良く音吉に同感の意を示した。
テーブルに勘定を置き、突き出された右の手首をぎゅっと捕まえて、
「彩千代さん、ここを出るにょん」
と音吉は彩千代と共にそそくさと店の外に出て行った。

数時間後、二人は南房州の海岸沿いを走る汽車の中にいた。田舎の汽車は乗客もまばらで
この車両においては音吉と彩千代しかいない。
開けた車窓から入ってくる初秋の爽やかな潮風の感触を彩千代は瞳を閉じて楽しんでいるよう
だった。彼女の肩まで伸びた髪が風で軽くなびいており、それがまた得も言われぬ愛らしさを
醸し出している。彼女の着ている石竹色のアッパッパ(今で言うワンピース)がバタバタ、バタバタと耳の奥まで独特の音色を響かせていた。
その音色と彩千代の少女のように無邪気で静かな横顔に音吉もいつの間にかウットリと心を
奪われており…
すると、彩千代が何か思い付いたように突然目を見開いて言った。






「ねえ、音吉さん…」
「彩千代さん、どうしたにょん?」
「それならいっそ淫売にでもなろうかしら」
「にょん?」
確かにこれまで彩千代の突拍子もない発言に面食らう事は度々あった。しかし、こんなに
突拍子もないのは初めてだった。
「淫売…彩千代さん、それが何をする事か知っているのかにょん?」
「全然知らない。けど、お金にはなるらしいんさー」
「それだけは絶対にやめるにょん!第一、彩千代さんは小さい頃お父さんを亡くして大人の男のアレすらキチンと見た事はないはずだにょん!」
「ええー!アレって何さー?教えて欲しいんさー!何なら今ここで音吉さんのアレを見せて欲しいんさー!」
「………」

お人好しなのか或いは単に見栄っ張りなのか、"頼まれたらあっさりと嫌とは言えない"のがこの
音吉さんなのである。
音吉はぐるりと周囲を確かめた。相変わらずこの車両には自分達二人しかいないようだ。
「…どうしても見たいのかにょん?」
「見たい!見たい見たい見たい見たい見たい!ウォー!ウォー!」
「シー!静かにするにょん!人が来たら大変な事になるにょん!」
その一言で彩千代は大人しくなった。しかし黒目がちの大きな瞳で待ち遠しそうにじっと音吉
を見つめている。
「しょうがないにょん…でも、この事は誰にも内緒だし、どれだけ吃驚しても大きな声を出しちゃ
駄目だにょん」
彩千代は、ウンウンと大きく頷いて見せた。


音吉はもう一度周囲に人がいないのを確認し、それから着物の両裾を捲り上げて帯に挟み込み、
褌からコッソリと音吉のにょん吉をおもむろに取り出した。
彩千代は目を爛々と輝かせ、音吉のにょん吉を凝視している。
「どうだにょん?これが男のアレにょん。この通り男のアレは怖いものだにょん。もう二度と
『淫売になる』なんて言っちゃ駄目だにょん」
「どうしてー?」
「ど、どうしてーって…彩千代さん、気持ち悪くないのかにょん?」
「全然!だってツクシみたいで可愛いじゃん!」
言うが早いか、彩千代は突き出されたにょん吉の(仮)首をぎゅっと捕まえて、顔を寄せてマジマジと観察し始めた。
「おおーこれはー!ほうー!フーン、へエー」
「にょっ、や、やめるにょん、やめて…」



で、マズイ事に(いやウマイ事にか?)音吉の視界に飛び込んで来たのは、安物のアッパッパの緩い胸元からコンモリと姿を覗かせている彩千代の小振りの可愛らしい二つのミルクボールだった。
「こ、こいつは、"か・い・か・ん"…だーっ!、ぁぁぁぁぁぁぁぁぁー」
と音吉は白眼を剥き手足をバタバタさせて妙な動きをし始めた。
そして案の定、音吉さんのにょん吉さんはニョキニョキしてしまったのだ。
「だ、駄目だにょん…や、やめるにょん、やめるにょん!」
この宇宙の神秘に面食らって口をアングリ開けたまま、彩千代は小振りの可愛らしい松茸ぐらいまで成長した音吉のにょん吉を手放してしまった。
「あっ、急にやめないで…にょん」
と音吉は捲っていた裾だけ元に戻し、タタタタタ…と小走りでどこかへ走り去っていった。



およそ20分後、音吉は列車便所でひとりにょんにょんを済ませ、妙にスッキリとした表情で
彩千代の前に帰って来た。
彩千代はボーっとした目付きで音吉を見ると、また突然何かを思い付いたように目を見開いて言った。
「おお、生まれそうだ!」
「そ、そんなわけないにょん。掴んだだけで生まれるわけないにょん」
「詩の題名だけ思い付いた!可愛いツクシだって起き上がって松茸くらいにはなれるんさー
彩みたいなちっぽけな娘だって、いつかきっと立ち上がる事が出来るんさー!"タチアガール"…
"タチアガール"のだ…"タチアガール"のだよ!ブラボゥーッ!」
彩千代は右の拳を威勢良く突き出した。

音吉は"タチアガール"がどんな作品になるのか今から楽しみだと思った。